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トニオ・クレーゲル [ドイツ文学]
トニオ・クレーゲル
トーマス・マン(Thomas Mann, 1875-1955)の短編、「トニオ・クレーゲル(Tonio Kröger)」です。発表は1903年、マン20代後半の作品です。短編ではありますがかなりきっちりした構成でできています。
最初の15ページにある14歳のトニオ・クレーゲルとハンス・ハンゼンのやりとりが特にいいです。
トニオは同級生ハンスにあこがれていました。ハンスは優等生でスポーツもこなし友達も多い。金髪で格好がよく、大人たちにも賞賛されていました。トニオは授業はなまけるし、ひそかに詩作やヴァイオリンを弾いては成績が悪いと厳格な父親にしかられていました。南国生まれの母親譲りの褐色がかった顔をして「トニオ」という風変わりな名前にも悩んでいました。いっそ「ハンス」とか普通の名前だったらって。
トニオは放課後にハンスと散歩する約束をしていました。トニオが校門でハンスを待っていて、ハンスは友達連中と一緒に遅れてやってきます。二人は散歩を始めました。ハンスはトニオを呼び分けます。
散歩のはじめ、友達と別れるときに:
「僕はこれから少しクレーゲル君と散歩するから」
二人きりになった後、ハンスが遅れてやってきたことを謝って:
「むろん忘れたんじゃないのさ、トニオ君」
同級生のイムメンタームがやってきて馬術練習の話になって:
「お父さんに頼んでさ、通えばいいじゃないか、クレーゲル君」
憧れの同級生からは二人きりになったときにしか「トニオ君」と呼んでもらえない。それでもトニオはハンスにあこがれ続けるという間柄なのでした。
作品は全体に芸術家と俗人の違いは何であるかが書かれています。大きく以下のような場面構成です。
・憧れの同級生、ハンス・ハンゼンと放課後散歩(14歳)
・初恋の相手、インゲボクル・ホルムとの舞踏練習での失態(16歳)
・祖母と父の死、母の再婚。故郷を出て放埓な旅
・画家のリザヴェータ・イヴァーノヴナとの芸術談(30歳くらい)
・デンマーク旅行の途中、故郷を訪れる
・デンマーク旅行(船旅、コペンハーゲン、アールスガールト)
デンマーク旅行の最後にリザヴェータに手紙を書くのですが、これもいい場面です。作者20代の作品というのを考えると、作者自身の吐露であるように思えます。その分、重く現実的な実体のあるものでした。
事前にシェークスピアのハムレットのあらすじを知っておいたほうがいいかもしれないです。多少引用がでてきます。

トーマス・マン(Thomas Mann, 1875-1955)の短編、「トニオ・クレーゲル(Tonio Kröger)」です。発表は1903年、マン20代後半の作品です。短編ではありますがかなりきっちりした構成でできています。
最初の15ページにある14歳のトニオ・クレーゲルとハンス・ハンゼンのやりとりが特にいいです。
トニオは同級生ハンスにあこがれていました。ハンスは優等生でスポーツもこなし友達も多い。金髪で格好がよく、大人たちにも賞賛されていました。トニオは授業はなまけるし、ひそかに詩作やヴァイオリンを弾いては成績が悪いと厳格な父親にしかられていました。南国生まれの母親譲りの褐色がかった顔をして「トニオ」という風変わりな名前にも悩んでいました。いっそ「ハンス」とか普通の名前だったらって。
トニオは放課後にハンスと散歩する約束をしていました。トニオが校門でハンスを待っていて、ハンスは友達連中と一緒に遅れてやってきます。二人は散歩を始めました。ハンスはトニオを呼び分けます。
散歩のはじめ、友達と別れるときに:
「僕はこれから少しクレーゲル君と散歩するから」
二人きりになった後、ハンスが遅れてやってきたことを謝って:
「むろん忘れたんじゃないのさ、トニオ君」
同級生のイムメンタームがやってきて馬術練習の話になって:
「お父さんに頼んでさ、通えばいいじゃないか、クレーゲル君」
憧れの同級生からは二人きりになったときにしか「トニオ君」と呼んでもらえない。それでもトニオはハンスにあこがれ続けるという間柄なのでした。
作品は全体に芸術家と俗人の違いは何であるかが書かれています。大きく以下のような場面構成です。
・憧れの同級生、ハンス・ハンゼンと放課後散歩(14歳)
・初恋の相手、インゲボクル・ホルムとの舞踏練習での失態(16歳)
・祖母と父の死、母の再婚。故郷を出て放埓な旅
・画家のリザヴェータ・イヴァーノヴナとの芸術談(30歳くらい)
・デンマーク旅行の途中、故郷を訪れる
・デンマーク旅行(船旅、コペンハーゲン、アールスガールト)
デンマーク旅行の最後にリザヴェータに手紙を書くのですが、これもいい場面です。作者20代の作品というのを考えると、作者自身の吐露であるように思えます。その分、重く現実的な実体のあるものでした。
事前にシェークスピアのハムレットのあらすじを知っておいたほうがいいかもしれないです。多少引用がでてきます。

日光へ(2011のGW) その03 [旅行]
日光へ(2011のGW) その03
GWの休暇。5月6日から7日にかけて日光へ一泊旅行に行ってきました。
その3 日光駅前で
7時40分頃、終点の東武日光駅からバス乗り場に向かう。下調べしたところではちょうど湯元温泉まで行けるバスに乗れるはずだ。奥日光にいくにはいろは坂を通らなくてはならない。歩きではとても行けない道のりであるからバスに乗れるかは重要な問題だ。
予定通りバスが入ってきたが、乗り切れなかった。高校生がたくさん乗っていてバス停で並んでいた人が全員は乗れなかった。改札口でパスモのチャージをしていなければもしかしたらとも思ったかが、もう遅い。この高校生は普通の通学で使っているバスなので自分のような気ままな観光客よりもどうぞ先に行ってください。自分のような人が5人くらいいた。
東武日光駅近くはまだひっそりとしていた。喫茶店もやっていないので駅舎内でぶらぶらしたり、JR日光駅まで行ったり、とにかく暇だった。ポスターにはバスのフリーパスがお得とオススメしてあった。8時30分前に東武日光駅舎内の観光センターが開いたので湯元までのフリーパス3000円を購入した。2日間有効。
8時37分発のバスで湯元方面へ向かう。
↓東武日光駅舎。ロータリーもバス乗り場もまだまばら。

↓駅前のお土産屋さん。さすがにお客が通っていない時間帯ではまだ営業していない。

GWの休暇。5月6日から7日にかけて日光へ一泊旅行に行ってきました。
その3 日光駅前で
7時40分頃、終点の東武日光駅からバス乗り場に向かう。下調べしたところではちょうど湯元温泉まで行けるバスに乗れるはずだ。奥日光にいくにはいろは坂を通らなくてはならない。歩きではとても行けない道のりであるからバスに乗れるかは重要な問題だ。
予定通りバスが入ってきたが、乗り切れなかった。高校生がたくさん乗っていてバス停で並んでいた人が全員は乗れなかった。改札口でパスモのチャージをしていなければもしかしたらとも思ったかが、もう遅い。この高校生は普通の通学で使っているバスなので自分のような気ままな観光客よりもどうぞ先に行ってください。自分のような人が5人くらいいた。
東武日光駅近くはまだひっそりとしていた。喫茶店もやっていないので駅舎内でぶらぶらしたり、JR日光駅まで行ったり、とにかく暇だった。ポスターにはバスのフリーパスがお得とオススメしてあった。8時30分前に東武日光駅舎内の観光センターが開いたので湯元までのフリーパス3000円を購入した。2日間有効。
8時37分発のバスで湯元方面へ向かう。
↓東武日光駅舎。ロータリーもバス乗り場もまだまばら。

↓駅前のお土産屋さん。さすがにお客が通っていない時間帯ではまだ営業していない。

日光へ(2011のGW) その02 [旅行]
日光へ(2011のGW) その02
GWの休暇。5月6日から7日にかけて日光へ一泊旅行に行ってきました。
その2 下り電車の車中
始発電車で乗り込んだ下り電車は新栃木駅が終点であった。ここで跨線橋を渡り東武日光行きの電車に乗り換える。1つ前の栃木駅では同じホームで乗り換えられたのだが。4人用のボックス席はやはり空いているままになっているのが多い。8人分の席に1人くらいの割合だった。
今日は5時起きだった。まだ朝食を摂っていない。ここにきて思い出したように空腹が目を覚ました。家から持参したパンを取り出す。
ゆっくり5切れのパンを食べ終わる頃、電車は下今市駅まで来ていた。電車通学の生徒が多くなってきたが、まだ自分の座っている4人掛けのボックス席は1人でいられた。そのまま水筒に入れた紅茶を飲んだ。家を出るときにティーバッグを2つにするか3つにするか一瞬迷って2つにした所産で薄くなっていた。
車窓からは遠くに背景か衝立のようにしか見えなかった山脈がはっきりとしてきて、色彩も淡い空色から濃い緑になってきた。小学生の登校班がかなり急な坂道を登っていくのも見える。車内では北関東独特の語尾が上がるイントネーションがかまびすしくも楽しげに広まっていた。女子高生が周りにはばからず話しているのはいつものことだ。
少しの間、日が指して外から明るくなった。一面揃えられた木々しかない山に桜が咲いているのは咲き場所を間違っているかのようだった。どちらも所詮は人工的な生き物であった。それでもやや粗野で野暮ったい桜の花は目を楽しませるものであった。
特急スペーシアがこちらの各駅電車を追い越して、今は折り返しとすれ違った。もうそろそろ終点駅だ。
GWの休暇。5月6日から7日にかけて日光へ一泊旅行に行ってきました。
その2 下り電車の車中
始発電車で乗り込んだ下り電車は新栃木駅が終点であった。ここで跨線橋を渡り東武日光行きの電車に乗り換える。1つ前の栃木駅では同じホームで乗り換えられたのだが。4人用のボックス席はやはり空いているままになっているのが多い。8人分の席に1人くらいの割合だった。
今日は5時起きだった。まだ朝食を摂っていない。ここにきて思い出したように空腹が目を覚ました。家から持参したパンを取り出す。
ゆっくり5切れのパンを食べ終わる頃、電車は下今市駅まで来ていた。電車通学の生徒が多くなってきたが、まだ自分の座っている4人掛けのボックス席は1人でいられた。そのまま水筒に入れた紅茶を飲んだ。家を出るときにティーバッグを2つにするか3つにするか一瞬迷って2つにした所産で薄くなっていた。
車窓からは遠くに背景か衝立のようにしか見えなかった山脈がはっきりとしてきて、色彩も淡い空色から濃い緑になってきた。小学生の登校班がかなり急な坂道を登っていくのも見える。車内では北関東独特の語尾が上がるイントネーションがかまびすしくも楽しげに広まっていた。女子高生が周りにはばからず話しているのはいつものことだ。
少しの間、日が指して外から明るくなった。一面揃えられた木々しかない山に桜が咲いているのは咲き場所を間違っているかのようだった。どちらも所詮は人工的な生き物であった。それでもやや粗野で野暮ったい桜の花は目を楽しませるものであった。
特急スペーシアがこちらの各駅電車を追い越して、今は折り返しとすれ違った。もうそろそろ終点駅だ。
日光へ(2011のGW) その01 [旅行]
日光へ(2011のGW) その01
GWの休暇。5月6日から7日にかけて日光へ一泊旅行に行ってきました。
その1 下り始発電車
朝5時台、下りホームの始発電車に乗り込む。通り過ぎる停車場には多くの電車が止まったままで、これから通勤通学客を乗せて動くことになるのだろう。車内には出勤のスーツ姿の割合も多い。
ただ、まだ人はまばらだった。長椅子に2人ずつくらいしか乗っていない。連休にはさまれた平日の始発電車はこんなものか。この車内の人間の顔が暗い。曇天の朝6時、まだ半分寝ているようだ。
今日は気温が低い。朝方ということもあるのかもしれないが、東武動物公園駅を出てから各駅になった新栃木行きの電車の扉が開くたび、涼しいというよりは寒気のする空気が乗り込んでくる。
向かい側の上りホームではスーツをかっちり着たサラリーマン風情の人が増えてきた。自分はコーデュロイのパンツ、セーターにジャンパーを着ている。このあたりの天候では随分と厚着で、何より学生時代手に入れたオレンジのリュックが休日で遊んできますと語っている。
GWの休暇。5月6日から7日にかけて日光へ一泊旅行に行ってきました。
その1 下り始発電車
朝5時台、下りホームの始発電車に乗り込む。通り過ぎる停車場には多くの電車が止まったままで、これから通勤通学客を乗せて動くことになるのだろう。車内には出勤のスーツ姿の割合も多い。
ただ、まだ人はまばらだった。長椅子に2人ずつくらいしか乗っていない。連休にはさまれた平日の始発電車はこんなものか。この車内の人間の顔が暗い。曇天の朝6時、まだ半分寝ているようだ。
今日は気温が低い。朝方ということもあるのかもしれないが、東武動物公園駅を出てから各駅になった新栃木行きの電車の扉が開くたび、涼しいというよりは寒気のする空気が乗り込んでくる。
向かい側の上りホームではスーツをかっちり着たサラリーマン風情の人が増えてきた。自分はコーデュロイのパンツ、セーターにジャンパーを着ている。このあたりの天候では随分と厚着で、何より学生時代手に入れたオレンジのリュックが休日で遊んできますと語っている。
古都 [日本文学]
古都
新潮文庫より、川端康成の「古都」です。ずっと家にあったのですが読みはぐっていました。仕事で京都出張することになり、作品の舞台が京都ということで往復の新幹線で読みました。
京都の四季が叙情豊かに、美しい日本語で描かれています。写実的な描写がうまく登場人物たちの機微に触れているようになっていて、一文一文が非常に計算されているように思います。それでいてくどいとか、説教くさいとかがない文章です。
話の筋だけを言ってしまえばそれほど取り上げるべきものはありません。また新聞連載(昭和36年から昭和37年)であるためか全体としての勢い、構成といったものもそうでもないように感じました。
それでも、そう難しい言葉を使っているわけでもないのに、奥が深いというかみずみずしい感覚の文章が綴られています。西洋古典の訳文の無理がある日本語では味わえないような読書の楽しさがあります。
↓平安神宮(行ったときには閉まっていました)。冒頭、千恵子と幼馴染の真一がデートする

↓祇園の八坂神社。千恵子と苗子が始めて会話するのが祇園祭

↓おまけ:京都駅ビル


新潮文庫より、川端康成の「古都」です。ずっと家にあったのですが読みはぐっていました。仕事で京都出張することになり、作品の舞台が京都ということで往復の新幹線で読みました。
京都の四季が叙情豊かに、美しい日本語で描かれています。写実的な描写がうまく登場人物たちの機微に触れているようになっていて、一文一文が非常に計算されているように思います。それでいてくどいとか、説教くさいとかがない文章です。
話の筋だけを言ってしまえばそれほど取り上げるべきものはありません。また新聞連載(昭和36年から昭和37年)であるためか全体としての勢い、構成といったものもそうでもないように感じました。
それでも、そう難しい言葉を使っているわけでもないのに、奥が深いというかみずみずしい感覚の文章が綴られています。西洋古典の訳文の無理がある日本語では味わえないような読書の楽しさがあります。
↓平安神宮(行ったときには閉まっていました)。冒頭、千恵子と幼馴染の真一がデートする
↓祇園の八坂神社。千恵子と苗子が始めて会話するのが祇園祭
↓おまけ:京都駅ビル

フェルメール展へ [芸術]
フェルメール展へ
渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで開催されている
フェルメール<<地理学者>>とオランダ・フランドル絵画展に行ってきました。
フェルメール(Johannes Vermeer、1632-1675)の油彩作品は世界に35点ほどしかなく、直接作品を鑑賞できるのは極東の島国にあっては貴重なことです。
作品が少ないのは父親から継いだ宿屋・画商業の影響や1654年のデルフトの火薬庫の爆発、作者自身の筆の早さ、色々あったようです。
今回の「地理学者(The Geographer、1669?)」は思ったよりも小ぶりでした。
同時代のレンブラント・ファン・レインが光と影の対比を劇的に演出したのに比べて、フェルメールの作品はやわらかい光が覆っているように感じます。
精緻な筆致は他の展示作品と比べても一つ抜けていました。確かに精緻さだけが作品を決めるわけではないですが(フランス・ハルスの素早い筆致も良い作品でした)、フェルメールの光の使い方と精緻な筆致は惹き込まれるものがあります。
フェルメールの作品では、2点の風景画(「デルフトの眺望(View of Delft、1660頃)」、「小路(The Little Street、1657-58)」)を除いて人物像(初期の作品には神話・聖書をモチーフにしたものもある)を主題にしています。
「地理学者」はその中でも男性単身を主題にした数少ない作品です。
人物像の表情、手のしぐさ、前かがみになった上半身の動き、その一瞬をこれ以上ない観察と精緻な筆致による表現で描き出していました。
瞬間を切り取る表現力でいえばやはり随一のものがあると思います。
オランダ風景画の大家、ヤコブ・ファン・ロイスダール(Jacob Isaackszon van Ruysdael、1628-1682)の風景画「滝のある森の風景と接近する嵐」は不安で憂鬱な、しんどくて重い絵でした。
ちなみにロイスダールの弟子に「ミッデルハルニスの並木道(The Alley at Middelharnis、1689)」で知られるマインデルト・ホッベマ(Meyndert Hobbema、1638-1709)がいます。
レンブラントの弟子、ヘリット・ダウ(Gerrit Dou、1613-1675)の蝋燭の光が照らす「夕食の食卓を片づける女性(1655-1660頃)」は後のラ・トゥールを思い出させましたが、一層素朴に感じました。
蝋燭の光は暗いのですが、そこに照らされる人物の表情は生命の強さがありました。
アールト・ファン・デル・ネール(Aert van der Neer、1603?-1677)の「漁船のある夜の運河(1645-1650頃)」は日本的な郷愁にも通じるものがあると感じました。月夜、川辺、漁船、これらの舞台装置は日本の夜景にも映えるものです。
渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで開催されている
フェルメール<<地理学者>>とオランダ・フランドル絵画展に行ってきました。
フェルメール(Johannes Vermeer、1632-1675)の油彩作品は世界に35点ほどしかなく、直接作品を鑑賞できるのは極東の島国にあっては貴重なことです。
作品が少ないのは父親から継いだ宿屋・画商業の影響や1654年のデルフトの火薬庫の爆発、作者自身の筆の早さ、色々あったようです。
今回の「地理学者(The Geographer、1669?)」は思ったよりも小ぶりでした。
同時代のレンブラント・ファン・レインが光と影の対比を劇的に演出したのに比べて、フェルメールの作品はやわらかい光が覆っているように感じます。
精緻な筆致は他の展示作品と比べても一つ抜けていました。確かに精緻さだけが作品を決めるわけではないですが(フランス・ハルスの素早い筆致も良い作品でした)、フェルメールの光の使い方と精緻な筆致は惹き込まれるものがあります。
フェルメールの作品では、2点の風景画(「デルフトの眺望(View of Delft、1660頃)」、「小路(The Little Street、1657-58)」)を除いて人物像(初期の作品には神話・聖書をモチーフにしたものもある)を主題にしています。
「地理学者」はその中でも男性単身を主題にした数少ない作品です。
人物像の表情、手のしぐさ、前かがみになった上半身の動き、その一瞬をこれ以上ない観察と精緻な筆致による表現で描き出していました。
瞬間を切り取る表現力でいえばやはり随一のものがあると思います。
オランダ風景画の大家、ヤコブ・ファン・ロイスダール(Jacob Isaackszon van Ruysdael、1628-1682)の風景画「滝のある森の風景と接近する嵐」は不安で憂鬱な、しんどくて重い絵でした。
ちなみにロイスダールの弟子に「ミッデルハルニスの並木道(The Alley at Middelharnis、1689)」で知られるマインデルト・ホッベマ(Meyndert Hobbema、1638-1709)がいます。
レンブラントの弟子、ヘリット・ダウ(Gerrit Dou、1613-1675)の蝋燭の光が照らす「夕食の食卓を片づける女性(1655-1660頃)」は後のラ・トゥールを思い出させましたが、一層素朴に感じました。
蝋燭の光は暗いのですが、そこに照らされる人物の表情は生命の強さがありました。
アールト・ファン・デル・ネール(Aert van der Neer、1603?-1677)の「漁船のある夜の運河(1645-1650頃)」は日本的な郷愁にも通じるものがあると感じました。月夜、川辺、漁船、これらの舞台装置は日本の夜景にも映えるものです。
音楽の力 [芸術]
デューラー展へ [芸術]
デューラー展へ
上野の国立西洋美術館の企画展「アルブレヒト・デューラー 版画・素描展」に行ってきました。
デューラー(Albrecht Dürer, 1471-1528)の版画を中心とした展覧会でした。
版画の細工が非常に細かく、その技巧に魅了されもしました。しかし、その主題や寓意的にこめられた意図をさぐる、古典絵画の謎解き的な部分も面白く思いました。
500年ほど前の作品が目の前にあって、それは何の理由で描かれたか、何の必要があって描かれたのか、そう考えながら絵を見て図録を参照するのも美術展の楽しさです。
デューラーに関するメモ
・第1回イタリア旅行(1494-1495)
・第2回イタリア旅行(1505-1507)
・マクシミリアン1世(1459-1519)
「三大銅版画」
・騎士と死と悪魔(Knight, Death and Devil, 1513)
・書斎の聖ヒエロニムス(St Jerome in His Study, 1514)
・メレンコリア1(Melencolia I, 1514)
今回の展覧会ではこの三大銅版画が全て展示されていました。謎が多く、それでいて単に一つの絵としてみて魅了されるものがあるのがデューラーの魅力だと思います。僕が一番好きだったのは「騎士と死と悪魔」でした。
大作、「神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世の凱旋門(The Triumphal Arch of Emperor Maximilian I, 1515-17)」は341.0×294.1cm、「神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世の凱旋車(The Great Triumphal Chariot of Emperor Maximilian I, 1518)」は49.6×232.6cmの大きさでした。
これだけ大きな作品にも関わらず非常に細かい図案となっており、図録の印刷ではつぶれてしまっているほどです。このような大作となるともはや国家プロジェクトであり、製作工程の大きさも相当なものであったと思いました。
上野の国立西洋美術館の企画展「アルブレヒト・デューラー 版画・素描展」に行ってきました。
デューラー(Albrecht Dürer, 1471-1528)の版画を中心とした展覧会でした。
版画の細工が非常に細かく、その技巧に魅了されもしました。しかし、その主題や寓意的にこめられた意図をさぐる、古典絵画の謎解き的な部分も面白く思いました。
500年ほど前の作品が目の前にあって、それは何の理由で描かれたか、何の必要があって描かれたのか、そう考えながら絵を見て図録を参照するのも美術展の楽しさです。
デューラーに関するメモ
・第1回イタリア旅行(1494-1495)
・第2回イタリア旅行(1505-1507)
・マクシミリアン1世(1459-1519)
「三大銅版画」
・騎士と死と悪魔(Knight, Death and Devil, 1513)
・書斎の聖ヒエロニムス(St Jerome in His Study, 1514)
・メレンコリア1(Melencolia I, 1514)
今回の展覧会ではこの三大銅版画が全て展示されていました。謎が多く、それでいて単に一つの絵としてみて魅了されるものがあるのがデューラーの魅力だと思います。僕が一番好きだったのは「騎士と死と悪魔」でした。
大作、「神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世の凱旋門(The Triumphal Arch of Emperor Maximilian I, 1515-17)」は341.0×294.1cm、「神聖ローマ皇帝マクシミリアン1世の凱旋車(The Great Triumphal Chariot of Emperor Maximilian I, 1518)」は49.6×232.6cmの大きさでした。
これだけ大きな作品にも関わらず非常に細かい図案となっており、図録の印刷ではつぶれてしまっているほどです。このような大作となるともはや国家プロジェクトであり、製作工程の大きさも相当なものであったと思いました。
仕事の忙しさと充足感 [仕事の雑感]
仕事の忙しさと充足感
仕事が忙しいときは精神的な余裕もなく、後輩がいるところで舌打ちをしてしまったり、組織と個人の関わり方を考えたり、同僚の些細なミスにも目くじらをたてたり、まあ酷いものでした。
最近の仕事は落ち着いていて、暦通りの土日・祝日休暇になっています。残業もなく、会社の売上はともかくとして個人の時間は随分と自由に使えるようになりました。色々な意味で余裕がある生活をしています。
しかし、ときたまあの忙しい最中の張り詰めた緊張感が無くなってしまっています。この余裕のある生活が、単に惰性で流れる弛緩したものだとしたらその点では改善していかなければならないものであると思います。
最近ランニングするようになったのも、ときたまギリシア悲劇やシラーの戯曲を読み返しているのもそういったところの端緒であると思います。狼・狐・豚のように例えられた人間の血のうち、豚のような生活はしたくないとの反発ではないかと思います。そんな絵がブリューゲル(Pieter Bruegel 父)の絵にもありましたっけね。
駆け抜ける必要もないのに焦ったりして。その一方で自分よりも忙しい人、疾く(はやく)駆け抜けている人には及ばないとしょげ返したりして。50歳になってハリー・ハラーのようになったら今の気持ちを振り返って整理がつくのでしょうか。とにかくそれまでは駱駝のように重荷を背負おうとはしてみましょう。
仕事が忙しいときは精神的な余裕もなく、後輩がいるところで舌打ちをしてしまったり、組織と個人の関わり方を考えたり、同僚の些細なミスにも目くじらをたてたり、まあ酷いものでした。
最近の仕事は落ち着いていて、暦通りの土日・祝日休暇になっています。残業もなく、会社の売上はともかくとして個人の時間は随分と自由に使えるようになりました。色々な意味で余裕がある生活をしています。
しかし、ときたまあの忙しい最中の張り詰めた緊張感が無くなってしまっています。この余裕のある生活が、単に惰性で流れる弛緩したものだとしたらその点では改善していかなければならないものであると思います。
最近ランニングするようになったのも、ときたまギリシア悲劇やシラーの戯曲を読み返しているのもそういったところの端緒であると思います。狼・狐・豚のように例えられた人間の血のうち、豚のような生活はしたくないとの反発ではないかと思います。そんな絵がブリューゲル(Pieter Bruegel 父)の絵にもありましたっけね。
駆け抜ける必要もないのに焦ったりして。その一方で自分よりも忙しい人、疾く(はやく)駆け抜けている人には及ばないとしょげ返したりして。50歳になってハリー・ハラーのようになったら今の気持ちを振り返って整理がつくのでしょうか。とにかくそれまでは駱駝のように重荷を背負おうとはしてみましょう。
アルバが言ったことは
アルバが言ったことは
シラー(シルレル)のドン・カルロスで、アルバ公爵が自分の剣により流された外国の血で王国の財宝も王位も購われると言うところがあります。この後、フランドルの暴動鎮圧に赴くのですが。
さて、今の自分の生活も王侯とまではいかないにしても、随分と幸せなものであります。雨風の心配も、職業の心配も、健康的なことも、衣食住にしてもすべて足りています。ウィスキーでもコニャックでも飲むことはできるし、当面の生活には困らないだけの備えはあります。それでいて健康維持に運動したりとか、仕事とで必要な技術のために勉強したりとか、友達と会う約束をしたりとか。世間一般の幸せはまったく欠くことなく享受しています。
ときたまこの幸せな生活ゆえに不安になることがあります。もしかしたら自分のこの生活は他の人たちの犠牲の上に成り立っているのではないか。その購いを逆に求められたとしたら甘受できるだろうか。もし、誰彼の犠牲によって自分に有り余る幸せがあるのだとしたらその購いは当然求められるべきで、今の幸せな生活は一瞬の幻と諦めなくてはいけない。それどころか有り余る幸せの分、不幸を背負い込む覚悟すら求められるでしょう。
誰も進んで不幸になろうとは思わない、また誰かに不幸を背負い込ますことも望んではいないでしょう。しかし、しかし実際にこの世に不幸があるのなら、その不幸のために自分の幸せがあることだけは避けたいと思います。せめて不幸を小さくすることに。
シラー(シルレル)のドン・カルロスで、アルバ公爵が自分の剣により流された外国の血で王国の財宝も王位も購われると言うところがあります。この後、フランドルの暴動鎮圧に赴くのですが。
さて、今の自分の生活も王侯とまではいかないにしても、随分と幸せなものであります。雨風の心配も、職業の心配も、健康的なことも、衣食住にしてもすべて足りています。ウィスキーでもコニャックでも飲むことはできるし、当面の生活には困らないだけの備えはあります。それでいて健康維持に運動したりとか、仕事とで必要な技術のために勉強したりとか、友達と会う約束をしたりとか。世間一般の幸せはまったく欠くことなく享受しています。
ときたまこの幸せな生活ゆえに不安になることがあります。もしかしたら自分のこの生活は他の人たちの犠牲の上に成り立っているのではないか。その購いを逆に求められたとしたら甘受できるだろうか。もし、誰彼の犠牲によって自分に有り余る幸せがあるのだとしたらその購いは当然求められるべきで、今の幸せな生活は一瞬の幻と諦めなくてはいけない。それどころか有り余る幸せの分、不幸を背負い込む覚悟すら求められるでしょう。
誰も進んで不幸になろうとは思わない、また誰かに不幸を背負い込ますことも望んではいないでしょう。しかし、しかし実際にこの世に不幸があるのなら、その不幸のために自分の幸せがあることだけは避けたいと思います。せめて不幸を小さくすることに。
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